TEL: 095-820-2500
[平日] 9:00~17:00
交通事故の損害賠償請求において、保険会社側が、被害者がもともともっていた体質的、心因的な要因が治療を長期化させたという主張をすることがよくあります。やや古くなっていますが、それへの反論の書面(準備書面)の例です。
5 素因の影響(前記1C)
被告は,原告の長期の診療に,体質的素因,心因的素因の関与していることを指摘する。
しかし,まず,むち打ち損傷に体質的素因が競合ないし寄与して損害が発生又は拡大したとしても,事故がなければ障害が発生しない場合には,事故との因果関係は認められる。ただ,最高裁判所は,体質的素因のうち,疾患と疾患とはいえない身体的特徴を区別し,身体的特徴は減額要因として考慮することができないが,疾患は減額要因として考慮することができるという(最判平成4年6月25日民集46巻4号400頁,最判平成8年10月29日民集50巻9号2474頁,最判平成8年10月29日交民29巻5号1272頁)。しかも,この判例の枠組みの下で,原告にみられるような経年性の変性は,疾患ではなく,体質的素因として減額の対象にすらならないとする下級審の判断が確立しつつあるのである(東京地判平成11年2月10日自保ジャーナル1308号3頁。判タ1033号176頁にその紹介がある。)。
また,むち打ち損傷に心因的素因が競合ないし寄与して損害が発生又は拡大した場合についても,体質的素因と同様,事故がなければ障害が発生しない場合には,事故との因果関係は認められる。確かに,最高裁判所は,心因的素因が関与した場合に,損害賠償額の減額される場合があることを認めているが(最判昭和63年4月21日民集42巻4号243頁),実際に心因的素因が減額の対象になるのは,かなり例外的な場合である。例えば,この判例の枠組みのもとで,その後の判決を指導したといわれるいわゆる「あるがまま」判決(東京地判平成元年9月7日判時1342号83頁)は次のように説く。「不法行為の被害者がいわゆる賠償神経症であるためその賠償請求を認めないことがかえって当該被害者の救済となる場合又は損害の拡大が被害者の精神的・心理的状態に起因するためそのすべてを加害者に負担させるのが公平の観念に照らして著しく不当と認められるような場合(最高裁判所昭和63年4月21日第1小法廷判決・民集四42巻4号243頁はこのような場合の事案についての判例と解すべきである。)には,当該賠償請求を棄却し又はその一部を減額すべきと解するのは格別,『加害者は被害者のあるがままを受け入れなければならない。』のが不法行為法の基本原則であり,肉体的にも精神的にも個別性の強い存在である人間を基準化して,当該不法行為と損害との間の相当因果関係の存否等を判断することは,この原則に反するから許されないと解すべき」である。
したがって,本件においては,素因を理由とした減免責の主張は認められない。