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異議申立ての趣旨
1 事前認定の要旨
事前認定は,両上下肢シビレ,脱力等の症状について,後遺障害診断書上,中心性頚髄損傷の診断名があり,第3頚椎から第7頚椎にかけて椎弓形成術が施行されているにもかかわらず,
① 頚部MRI画像上,同部に変成は認められるものの脊髄の損傷を示唆する髄内の明らかな輝度変化は判然としないこと,
② A病院の「神経学的所見の推移について」上,初診時から一貫して,腱反射:正常,病的反射:なし,筋萎縮:無とされていること
等から,本件事故受傷に起因した中心性頚髄損傷との評価は困難であるという。
そこで,上記の手術に関して,「3個以上の脊椎について,椎弓切除術等の椎弓形成術を受けたもの」は,後遺障害等級11級7号の「脊柱に変形を残すもの」にあたるとされているにもかかわらず,本件事故との因果関係を否定する。
ただ,両上肢シビレ,脱力が,後遺障害等級14級9号の「局部に神経症状を残すもの」にあたるというのである。
2 中心性頚髄損傷という病態
一般に,頚髄不全損傷のうち,受傷時当初から,又はその回復過程において,上肢の運動障害が瑕疵のそれに比べてより著明なものを中心性頚髄損傷という。
その受傷のメカニズムは,脊柱管の狭小化がもともと存在していたところに,過伸展といった外力が加わり,頚髄が損傷を受けると説明されている。それは,交通外傷でもあり得る受傷のメカニズムである。
神経学的な異常所見の存在とそれに整合する画像所見をもって診断される。
多くは,時間の経過とともに,神経症状が改善して行くが,予後の悪い例もある。保存療法で麻痺が悪化する場合や高度の脊髄圧迫がある場合には,手術により除圧を行うことで改善する例があるとされる。
3 本件の検討
(1) 受傷態様
被害者は,本件事故現場において,停車中,後方から50km/hで進行してきた加害車両に追突され,受傷したのであって,その衝突により,被害者の頚部は強度の過伸展を受けている。それは,中心性頚髄損傷を発症させ得る受傷態様である。
(2) 病状の推移
被害者は,○○○○年○○月○○日の事故直後,B病院を受診し,右上肢に力が入らない旨を訴えており,両手第4,5指にシビレ感があったので,頚部捻挫,外傷性頚部症候群の診断を受けた。
その後,症状が増悪したので,被害者は,○○月○○日,再度,同病院を受診し,両手第3ないし5指のシビレ感の増強が認められた。同病院では,MRIも施行されたが,専門の整形外科の医師がおらず,ヘルニアの所見しか認められていない。
そこで,同病院医師は,同日,C病院の整形外科を紹介した。被害者は,MRI等を持参して,同病院P医師の診察を受け,頚髄不全損傷(急性中心性頚髄損傷)の診断を受けることとなった。
そこで,被害者は,同日,B病院に,両側手足のしびれ,脱力を主訴に,急性中心性頚髄損傷の診断で入院し,保存的治療を受けることとなった。なお,このときには,B病院においても,C5/6,C6/7に強度の狭窄を認めている。
しかし,その後も,両手足のシビレ,両手握力の低下が続くので,被害者は,手術も可能なD病院を紹介され,○○月○○日,同病院を受診した。同病院ではMRIが施行され,C5/6,C6/7のヘルニアと脊髄圧迫を認めている。
そこで,被害者は,○○月○○日,中心性頚髄損傷の病名で,D病院に入院となり,○○月○○日には,同病院で除圧のために椎弓切除術が施行された。
その後,被害者は,○○月○○日,両上下肢シビレ,脱力感を残して,症状固定となった。
その病状と治療の推移は,まさに中心性頚髄損傷の病態である。
(3) 画像所見
中心性頚髄損傷は,背景に脊柱管の狭小化が見られるところ,被害者には,○○月○○日及び○○月○○日のMRI上,狭窄が確認されている。
その上で,中心性頚髄損傷には,脊髄に損傷があるサインである髄内高輝度病変が見られるのが一般とされる。
この点に関わって,事前認定は,脊髄の損傷を示唆する髄内の明らかな輝度変化は判然としないとするのであるが,D病院で○○月○○日に行われた術後MRIでは,C5/6で脊髄神経の輝度変化が残存しているとされているのであって,その記述は,術前から輝度変化が存在していることを前提としている。
(4) 神経学的な所見
事前認定は,D病院の「神経学的所見の推移について」上,初診時から一貫して,腱反射:正常,病的反射:なし,筋萎縮:無とされている点を指摘する。
しかし,事前認定は,知覚障害が異常でシビレの記載があることや,初診時にはジャクソンテスト,スパーリングテストが左右とも+であることには言及しない。そして,これら神経学的な所見は,中心性頚髄損傷を否定しないのである。
4 素因との関係について
(1) 問題の所在
被害者の中心性頚髄損傷は,脊柱管狭窄という体質的素因があったところに,本件事故を契機に発症したものであって,その体質的素因が事故との因果関係を否定しないか,また事故との因果関係が認められるとして,素因減額されないかが,一応,問題となる。
(2) 体質的素因の関与に関する判例の判断枠組み
この点は,むち打ち損傷において,多くの裁判例の積み重ねがあるところであって,まず,むち打ち損傷に体質的素因が競合ないし寄与して損害が発生又は拡大したとしても,事故がなければ障害が発生しない場合には,事故との因果関係は認められる。
その上で,最高裁判所は,体質的素因のうち,疾患と疾患とはいえない身体的特徴を区別し,身体的特徴は減額要因として考慮することができないが,疾患は減額要因として考慮することができるという(最高裁平成4年6月25日判決民集46巻4号400頁,最高裁平成8年10月29日判決民集50巻9号2474頁,最高裁平成8年10月29日判決交民29巻5号1272頁)。
そして,この判例の枠組みの下で,被害者にみられるような経年性の変性は,疾患ではなく,体質的素因として減額の対象にすらならないとする下級審の判断が確立している。例えば,東京地裁平成11年2月10日判決自保ジャーナル1308号3頁(判タ1033号176頁にその紹介がある。)は,交通事故被害者(原告)の受傷箇所である頚椎に,もともと加齢による変性変化があったケースについて,「原告の右症状(頸部の疼痛・運動制限等)は,第5,6頸椎に変性変化が存在するところに,本件事故による外的ストレスが加わって,それまで発症していなかった臨床症状が発現したと判断するのが相当である」として,事故と傷害の因果関係を認め,さらに後遺症も認定したのである。