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2 前提として-因果関係の証明問題
(1) 証明の程度
いうまでもないことであるが,「訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑を差し挾まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし,かつ,それで足りるものである。」(最二小判昭和50年10月24日民集29巻9号1417頁)。
そこでは,「高度の蓋然性」の証明が求められているが,最高裁の要求する「高度の蓋然性」の程度は,下級審が認識するところより低いのではないかという指摘があり(座談会「民事訴訟における証明度」判タ1086号4頁),近時,この点で,原告の請求を棄却した高裁判決を破棄する最高裁判決が続いているところである(例えば,最一小判平成11年2月25日民集53巻2号235頁,最三小判平成11年3月23日判時1677号54頁,最一小判平成12年9月7日判例集未登載)。
特に,現代科学をもってしても解明できない因果関係については,被害者救済の趣旨を全うするために,その証明について,相応の配慮がなされなければならない。例えば,そのような趣旨に出た次の各判決は,本件の検討にあたっても参照されるべきである。
○ 脳神経減圧手術後脳内血腫等により死亡した事案に関する最一小判平成11年2月25日民集53巻2号235頁
患者の健康状態,本件手術の内容と操作部位,本件手術と患者の病変との時間的近接性,神経減圧術から起こり得る術後合併症の内容と患者の症状,血腫等の病変部位等の諸事実は,通常人をして,本件手術後間もなく発生した患者の小脳内出血等は,本件手術中の何らかの操作上の誤りに起因するのではないかとの疑いを強く抱かせるとし,それ以上に,本件手術中における具体的な脳ベラ操作の誤りや手術器具による血管の損傷の事実の具体的な立証までも要するものではなく,因果関係を認めることができるとした。
○ 原爆症認定申請却下処分取消しに関する最三小判平成12年7月18日判時1724号29頁
科学的な経験則と考えられるDS86としきい値理論を機械的に適用すれば,原爆放射線と障害との因果関係を認定することには疑問が残るとしながら,障害を他の原因(物理的打撃)のみでは説明しきれないことや急性放射線障害(脱毛)があったことから,因果関係を認めることができるとした。
(2) 他の原因による可能性
また,他の原因をもって因果関係を否定するには,他の原因について具体的な立証を求めるのが最高裁判例である。すなわち,最二小判平成18年6月16日民集60巻5号1997頁は,集団予防接種における注射器の連続使用によるB型肝炎ウイルス感染の因果関係について,「本件集団予防接種等のほかには感染の原因となる可能性の高い具体的な事実の存在はうかがわれず,他の原因による感染の可能性は,一般的,抽象的なものにすぎないこと」を指摘し,その因果関係を認めた。
3 むち打ち損傷における因果関係の判断のあり方
原告第1準備書面でふれたとおり,むち打ち損傷については,研究者の主要な関心をひくテーマではないこともあって,その正確な病因・病態はいまだ医学的に未解明な点が多いというほかない。
しかしながら,事実として,交通事故により,遷延性,難治性のむち打ち損傷を発症する場合があることは医学的にも一般に承認されている。その機序を説明する病態として,従前から,神経根症状,バレ・リュー症候群,脊髄症などが知られていたが,最近,急速に認識されつつあるのが脳脊髄液減少症である。しかし,それら現代の医学的知見をもってしても,遷延性,難治性のむち打ち損傷の機序全てを説明することはできてはいない。
そこで,むち打ち損傷においては,前記判例にならい,ことさら科学的な因果関係の証明を求めるのではなく,事故の態様・程度,事故後の症状の経過,症状と一致する医学的所見などから因果関係を認めることができるというべきである。
また,他の身体的,心因的原因をもってその因果関係を否定するのであれば,他の原因についての具体的な立証を要するというべきである。
4 本件事故と原告の症状・後遺症との因果関係
<略>