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(1) 問題の所在
原告と被告は,平成●●年●●月●●日,本件事故による損害賠償として,●●●万●●●●円の支払義務があることを確認した上で,「本和解契約書に記載するほか,何らの債権債務のないことを相互に確認し,甲(原告)は,乙(被告)に対し,名目の如何を問わず,何らの金銭的請求をしない。」との和解契約をした。
ところが,原告は,本和解契約時には想定できない後遺障害が生じたとして,別損害の追加請求をする。
そこで,まず,一般に和解後の追加請求がどのような場合に認められるかが問題となり(後記(2)),さらに,具体的に本件について追加請求が認められるかが問題となる(後記(3))。
(2) 追加請求が認められる要件
ア 最高裁判例
追加請求が,どのような法的構成により,どのような場合に認められるかについては,見解の分かれていたところであるが,原告も紹介する最高裁昭和43年3月15日判決民集22巻3号587頁により,裁判実務上の規範が確立した。
すなわち,同判決は,「一般に,不法行為による損害賠償の示談において,被害者が一定額の支払をうけることで満足し,その余の賠償請求権を放棄したときは,被害者は,示談当時にそれ以上の損害が存在したとしても,あるいは,それ以上の損害が事後に生じたとしても,示談額を上廻る損害については,事後に請求しえない趣旨と解するのが相当である。」との原則を述べた上で,「全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて,早急に小額の賠償金をもつて満足する旨の示談がされた場合においては,示談によつて被害者が放棄した損害賠償請求権は,示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべきであつて,その当時予想できなかつた不測の再手術や後遺症がその後発生した場合その損害についてまで,賠償請求権を放棄した趣旨と解するのは,当事者の合理的意思に合致するものとはいえない。」として,追加請求が認められる場合があることを示した。
その追加請求の要件は次のようにまとめられる(塩崎勤「示談の拘束力と事情変更」同編『交通損害賠償の諸問題』497頁(判例タイムズ社,1999年)参照)。
① 全損害を正確に把握しがたい状況で,早急になされたこと
② 賠償金が少額であること
③ 損害が示談(和解)当時予想できなかった後遺症等によるものであること
イ 要件の具体的な意味
①の「早急」の要件については,他の要件との総合判断ではあるが,事故直後あるいは被害者の入院中の示談などは,概してこの要件にあてはまるとされる(塩崎前掲書497頁)。
②の「少額」の要件については,実務上,もっとも重要な判断基準ではないかとされ,下級審裁判例の分析から,示談(和解)額と実損害額との格差が少なくとも約5倍に達するというのが,追加請求が認容される一応の目安と考えられるとされる(塩崎前掲書497ないし498頁)。
③の「予想できなかった損害」は,示談(和解)の拘束力を解放するための理論上の要件であるが,その判断はきわめて微妙かつ困難で,示談(和解)の全過程における諸般の事情を総合斟酌して客観的に判断すべきとされる(塩崎前掲書498頁)。
(3) 本件の検討
そこで,上記の最高裁判例が定立した要件に照らし,本件を検討する。
<以下略>