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続いて,化膿性脊椎炎であることを主張する準備書面です。
なお,本件では,鑑定人尋問も行った上で,当該医療機関が化膿性脊髄炎を見落とした過失があるとの前提で裁判所から和解が勧められ,和解により終わっています。
3 A鑑定について
(1) A鑑定の概要
鑑定人Aは,整形外科を専門とするところ,Xの病状,経過,画像所見から,敗血症の原因は第4腰椎の腰椎感染症すなわち化膿性脊椎炎である可能性が極めて高いとした上で,発病早期に,少なくとも○○○○年○○月○○日の時点で,第4腰椎について精密検査を行い,診断,治療ができていれば,不幸な転帰には至らなかったと考えるといい,被告病院では,適切な治療が行われていたとはいえないとする。
化膿性脊椎炎の可能性については,原告もその認識がなかったところであるが,鑑定の結果をふまえ,前記第1・1のとおり,過失の構成を整理している。
(2) 被告の批判
このA鑑定について,被告は,急性閉塞性化膿性胆管炎を否定できなければ,鑑定の前提が崩れるとか,骨粗鬆症が否定できていないといった批判を加える。
しかし,仮に急性閉塞性化膿性胆管炎の可能性があったとしても,より高い可能性のある「重大で緊急性のある疾患」として,化膿性脊椎炎が想定できるというのがA鑑定の結論であるから(後記(3)),急性閉塞性化膿性胆管炎を否定できなければ,鑑定の前提が崩れるとはいえない。また,骨粗鬆症が否定できないのではなく,他の疾患の除外もできていなければ,骨粗鬆症の診断もできていないのが問題なのである(後記(4))。
以下,詳述する。
(3) 化膿性脊椎炎の可能性
ア A鑑定の論拠
Xの化膿性脊椎炎の可能性が極めて高いとするA鑑定の結論は,Xの病状,経過,画像所見を一般に承認された医学的知見に基づいて総合的に評価しており,説得的である。
すなわち,A鑑定は,整形外科的には,発熱と腰痛から脊椎感染症を疑うべきであるところ,Xには,○○○○年○○月末に発熱があり,以後,腰痛が増強しているのであるから,以後の経過において,脊椎感染症を念頭に置いた診療が必要であったとする。その上で,以後の診療録上,発熱の記載はないが(もっとも,同年○○月○○日の「4日前から悪寒あり」との記載は発熱をうかがわせる。),化膿性脊椎炎には,発熱がない慢性(潜行)型もあるところ(A鑑定書),同年○○月○○日の腰椎単純レントゲンにおいて,第4腰椎上縁が破壊圧潰され,椎体の高さが少なくとも3分の2に減少し,第3腰椎と第4腰椎間の椎間板が狭小化している変化から,少なくともこの時点では,化膿性脊椎炎を疑い,精密検査を行うべきであったという。また,診療録の同年○○月○○日の右膝関節痛,同月○○日の両大腿痛,○○月○○日の両大腿痛の各記載は,突然の記載であるが,膝痛と大腿痛は上位腰椎に病変があるときに出現する症状で,これも腰部に由来する疾患を疑わせるという。さらに,その後のN病院入院時の所見も化膿性脊椎炎の診断に矛盾しないという。
イ 被告の批判とそれに対する反論
被告は,○○○○年○○月末に発熱があっただけで,発熱は継続しておらず,また,血液検査がなされておらず炎症所見もないのに,脊椎感染症を疑うべきとはいえない旨を主張する。
しかし,この主張そのものが,被告の化膿性脊椎炎に関する認識の不十分さを示している。
すなわち,A鑑定は,同年○○月末の発熱と以後の腰痛増強から,脊椎への感染を疑うべきとしているのである。化膿性脊椎炎には,発熱がないまま進行する慢性(潜行)型があるので,発熱(の継続)は必須ではない。その場合でも,MRIにより,早期に診断することが可能とされている。ただ,A鑑定は,同年○○月末以後の経過において,整形外科の専門医ではない被告に,MRI検査を行うべきとまでいうのは酷と考えたのであろう,そのような早期において,被告の診療が不適切とまではいっていない。
その後,化膿性脊椎炎は,進行に伴い,レントゲンでも異常所見を呈するようになる。その異常が確認されたのが同年○○月○○日の腰椎単純レントゲンである。このとき,被告は,第4腰椎の圧潰所見を得ているので,A鑑定は,同年○○月末の発熱と腰痛増強以降の経過を考え,少なくとも,この時点では,第4腰椎の精密検査を行うべきとするのである。
なお,被告は,A鑑定に医証の紹介がないことを批判するが,本件で問題となる化膿性脊椎炎の医学的知見は,教科書レベルのものであり,あえて紹介を求めるほどのものでもない。とりあえず,容易に入手できる文献は,原告からも書証として提出する予定である。
(4) 骨粗鬆症の否定
ア A鑑定の論拠
A鑑定が原発性骨粗鬆症の診断基準としてあげるものは,一般に承認されている日本骨代謝学会骨粗鬆症診断基準検討委員会の原発性骨粗鬆症の診断基準(2000年度改訂版)である。
そこで,A鑑定は,診断基準に本件をあてはめようとするが,骨密度値は測定されていないので,脆弱性骨折ありか,脊椎X線像での骨粗鬆症化あり=骨萎縮度Ⅱ度以上の基準で診断しようとしている。しかし,このうち,本件の脊椎X線像は,その像が鮮明ではないため,骨粗鬆症化の診断に「苦慮する」とする。他方,脆弱性骨折の有無を判断しようにも,その要件である「軽微な外力」の記載が診療録にない点を指摘する。(A鑑定書)
仮に,脆弱性骨折ありとして,骨粗鬆症の診断をしようとするのであれば,「軽微な外力」による骨折かどうかは決定的に重要であり,この記載が診療録にないということは,すなわち「軽微な外力」はなかったと考えるほかない。
そうすると,本件では,骨粗鬆症の診断もできないというほかなく,にもかかわらず,化膿性脊椎炎との鑑別診断もせずに,漫然と骨粗鬆症に対する治療だけを続けた被告の診療は明らかに不適切である。
イ 被告の批判とそれに対する反論
被告は,A鑑定が骨粗鬆症を否定できていないと批判するが,そもそも,骨粗鬆症の診断基準は,除外診断が前提である。低骨量を呈する他の疾患として,化膿性脊椎炎も上げられているのであって,被告が,化膿性脊椎炎を除外しなかったのが問題なのである。そして,上記のとおり,除外診断後の骨粗鬆症の診断基準も満たしていない。
なお,被告は,この点についても,A鑑定が医証を紹介しないことを批判するのかもしれないが,上記の原発性骨粗鬆症の診断基準は,広く知られているものであり,既に原告が書証として提出している。