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更年期以後の女性の腰痛には骨粗鬆症による腰痛が多いのですが、より重大な疾患との鑑別が必要です。その診断基準をまとめた準備書面です。
まず、診断の手順です。
3 骨粗鬆症の診断基準(診断手順)
Aのような更年期以後の女性に多い腰痛は,骨粗鬆症による腰痛であり,被告は,Aの腰痛を骨粗鬆症と診断している。
そこで,骨粗鬆症の診断基準が問題となるが,本件当時,骨粗鬆症の診断は,悪性腫瘍の骨転移等の鑑別診断を行なった後に,診断基準によりなされるのが確立された医学的知見であった。
即ち,本件当時の確立された骨粗鬆症の診断基準をまとめる日本骨代謝学会骨粗鬆症診断基準検討委員会の「原発性骨粗鬆症の診断基準(1996年度改訂版)」は,鑑別診断について,次のように記述する。
「原発性骨粗鬆症の診断に際しては,表1および表2に示す各種の疾患を除外することが必須である。」(同日本骨代謝学会雑誌14巻4号229,233頁)。表1には,原発性骨粗鬆症と区別されるべき続発性(二次性)骨粗鬆症の分類が示され(同220頁),表2には,原発性骨粗鬆症と鑑別すべき疾患として,悪性腫瘍の骨転移があげられる(同221頁)。
この診断基準は,本件当時,広く臨床に普及しており,例えば,臨床医が診断指針としてよく参照する文献『今日の診断指針』の本件当時の版(第4版,1997年)には,次の記述がある。
「確定診断のためには類似疾患の除外がポイントとなる。」
「確定診断のためには,…類似疾患の除外診断がポイントとなる。」
「骨粗鬆症診断のうえで除外診断はきわめて重要となる。かつては骨粗鬆症は主として骨軟化症と鑑別される疾患であったが,現在ではその頻度,重要性から高齢者にみられる悪性腫瘍の骨転移,多発性骨髄腫,続発性骨粗鬆症,原発性・続発性甲状腺機能亢進症,骨軟化症などが鑑別疾患の対象となる。」
次に、診断基準とあてはめです。
3 骨粗鬆症の診断基準へのあてはめ
(1) 脆弱性骨折の有無
骨粗鬆症の診断基準は,「Ⅰ.脆弱性骨折あり」と「Ⅱ.脆弱性骨折なし」に分けられる。
ここに脆弱性骨折とは,「低骨量(骨密度がYAMの80%未満,あるいは脊椎X線像で骨粗鬆化がある場合)が原因で,軽微な外力によって発生した非外傷性骨折,骨折部位は脊椎,大腿骨頸部,橈骨遠位端,その他。」をいう(「原発性骨粗鬆症の診断基準(2000年度改訂版)」日本骨代謝学会雑誌18巻3号78頁)。したがって,「Ⅰ.脆弱性骨折あり」として骨粗鬆症と診断するには,「軽微な外力」の存在が必要であるが,本件では,「軽微な外力」の存在は明らかでない。被告病院医師が,骨粗鬆症を疑ったのであれば,当然,脆弱性骨折かどうかを確かめたはずであり,にもかかわらず診療録に「軽微な外力」の記載がないというのは,「軽微な外力」がなかったと考えるのが自然である。
(2) 脊椎X線像での骨粗鬆化
そうすると,本件では,「Ⅱ.脆弱性骨折なし」として,骨密度値がYAMの70%未満か,脊椎X線像での骨粗鬆症化ありで骨粗鬆症を診断することになる(前掲書78頁)。
この骨密度値と脊椎X線像での骨粗鬆症化の基準については,「脊椎X線像を用いての骨萎縮度判定は客観的でなく,定量性に欠ける問題がある。」(前掲書77頁)ので,「低骨量の評価には原則として骨密度値を用い,脊椎X線像は骨密度の測定はまたは評価が困難な場合に用いる。」(前掲書78頁)とされている。
ところが,本件では,骨密度の測定が困難であったとは認められないにもかかわらず,その測定がなされていない。そこで,「鮮明な画像ではなく」,「骨粗鬆化の診断には苦慮する。」(鑑定書6頁)画像であり,「X線写真の質も良好でないことは確か」(証拠略)な画像であるにもかかわらず,P医師は「骨梁の粗造化は認められ,骨粗鬆症であると判断します。」というのである。その骨粗鬆症という判断には,疑問を抱かざるを得ない。
加えて,P医師が「骨梁の粗造化は認められ」るというのも,その趣旨が必ずしも明確ではない。すなわち,診断基準における「脊椎X線像での骨粗鬆化あり」とは,従来の骨萎縮度判定基準の骨萎縮度Ⅱ度以上をいい(前掲書78頁),Ⅰ度が「縦の骨梁が目立つ。」,Ⅱ度が「縦の骨梁が粗となる。」,Ⅲ度が「縦の骨梁が不明瞭となる。」をいう(「原発性骨粗鬆症の診断基準(1996年度改訂版)」日本骨代謝学会雑誌14巻4号219頁)。鑑定書は,この診断基準にしたがい,「『縦の骨梁が粗になる』,あるいは『縦の骨梁が不明瞭になる』でも診断できる」という診断基準を示した上で,上記のとおり,「骨粗鬆化の診断には苦慮する。」とするのである(鑑定書6頁)。ところが,P医師は,この「縦の骨梁が粗となる。」又は「縦の骨梁が不明瞭となる。」という基準へのあてはめを厳密にはしていない。