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2 RSD(CRPS typeⅠ)について
* RSD(CRPS typeⅠ)については,医学の分野はもちろん,法学の分野でも多数の文献があるが,裁判実務を知る上で,いわゆる「赤い本」2006年版下巻(講演録編)所収の高取真理子裁判官による講演「RSD(反射性交感神経性ジストロフィー)について」(同書53頁以下)が有益であることを指摘しておく。
(1) RSD(CRPS typeⅠ)の概念
かつて,外傷又は手術等医療行為後の痛みに対して,カウザルギーとか反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)とかいう疾病名の付されることがあった。
カウザルギー(causalgia)とは,元来は,銃弾による末梢神経損傷後に生ずる四肢の耐え難い痛みに対して,Mitchellが命名した語である。後に,Evansが,この症状を反射性交感神経性ジストロフィー(Reflex Sympathetic Dystrophy=RSD)と命名して以来,これが広く用いられている。もっとも,その概念のとらえ方は,必ずしも一致しておらず,1986年に,世界疼痛学会(International Association for the Study of Pain=IASP)が,カウザルギーとRSDとを区別して,前者を「末梢神経損傷の後に四肢に起こる灼熱痛」と定義し,後者を「骨折はあってもよいが,主要神経損傷を伴わない交感神経の過剰活動性を伴った四肢の持続する痛み」と定義した。しかし,我が国では,むしろ,カウザルギーを含んでRSDという用語を使う方が一般であった。
その後,世界疼痛学会は,1994年に,新しくComplex Regional Pain Syndrome=CRPSを定義した。それは,その後の研究によって,RSDの患者の交感神経は必ずしも緊張状態にはなく,むしろ緊張性の低下している場合の多いことが明らかになり,また,交感神経ブロックの有効性についても疑問が出されてきたからである。
CRPSは,typeⅠ,typeⅡに分けられ,従前,RSDと呼ばれていたものはtypeⅠに,カウザルギーと呼ばれていたものはtypeⅡに相当する。
(2) 発症機序
これらの痛みについて,従前は,皮膚血流の変化,発汗異常などの交感神経機能異常によるとされる症状がみられること,交感神経ブロックが疼痛軽減に有効な症例があることなどが注目され,交感神経性因子が重要視されていた(その故に,反射性交感神経性ジストロフィーと命名された。)。
しかし,現在では,末梢並びに中枢神経系の可塑的変化に伴う病的異常疼痛が,CRPSの痛みの主要因であるという説が多く提唱されている。軟部組織や末梢神経における損傷が末梢神経のみならず脊髄や脳といった中枢神経系の異常を引き起こすという考え方である。交感神経の機能異常も,中枢性の交感神経系の異常によって引き起こされるとする説もある。
また,痛みのある患者が痛みを恐れて患肢を動かさない,あるいはギプスなどの固定により動かさないなどといった不動化により,腫脹,冷感,萎縮性の変化,アロディニア(allodynia,異痛症:正常人では痛みを生じない弱い刺激により強い痛みが誘発される現象)などが引き起こされるとする説もある。加えて,CRPSの患者においては,motor neglectと呼ばれる,非常に注意を集中しないと患肢を動かすことができない状態が多くみられ,このことも不動化の大きな原因となり,前記のような諸症状を引き起こすと考えられている。
心因的な原因の関与については,CRPSの慢性化による情動的,精神的変調が,症状をより複雑で難治性のものにすることが指摘されている。
(3) 症状
RSDの主な症状は,疼痛,腫脹,関節拘縮,皮膚変化(栄養障害)とされている(RSDの4主徴)。ほかに,抹消循環不全,発汗異常,骨萎縮,筋萎縮,手掌腱膜炎などの症状が現れることもある。
疼痛は,原因となる外傷に不つり合いに強烈なことが特徴的で,typeⅠでは,うずくような疼痛が,typeⅡでは,加えて灼熱痛(burning pain)が見られる。また,異痛症(allodynia)や痛覚過敏(hyperalgesia)が起こる。
3 RSD,CRPSの診断基準
RSD(CRPS typeⅠ)であるかどうかは,前記2(3)の症状の有無によって診断することになるが,主な診断基準としては,別紙のようなものがある(前掲書57,58頁)。
<別紙 略>
「疼痛があるというだけでは,その疼痛を裏付ける医学的根拠が明らかでなく,頑固な神経症状を呈する疾患として高い等級に該当し得るRSDであるとは認めるに足りない」(前掲書64頁)のであって,「特に,骨萎縮は単純X線像や骨シンチグラフィーで,筋萎縮はMRIやCTで,神経障害・筋肉の活動状況は筋電図で,皮膚の変化は目視やサーモグラフィーで異常が判断できるのであるから,補助的診断ではありますが,客観的な診断基準としてはこれらを目安とできるのではないでしょうか。」(同頁)とされているのが,本件でも参照されるべきである。